有識者の声
特集│人が活きる 企業が活きる
株式会社ジェイフィール代表取締役社長 高橋克徳インタビュー
「ストレスチェックテストを上手に取り入れることができれば、働き方の革新に繋がっていくと思います」
“人と組織の変革を支援するコンサルティング会社” ジェイフィールの代表取締役社長である高橋克徳さんに、人事部としてどう対応していくべきかをうかがいました。
個別の対処では根本的解決にならない
人事部というのはとても忙しい部署で、現場に対して部から積極的に何かを働きかけるというよりも、ほとんどの場合は現場から上がってくる問題にとにかく対応していくというのが現状だと思います。その中で今回のストレスチェックテスト実施の義務というものが出てきたため、人事部としてどこまで踏み込んでいけばいいのか悩んでいるというのが正直なところではないでしょうか。
今回のようなメンタルヘルスの側面で言えば、一人で仕事を抱え込んでしまい、周囲の人も気付かないうちに、ある日突然倒れてしまう人もいるし、上司からのあからさまなパワハラなど、周りから見ても明らかに苦痛を感じていそうな人がやっぱりダウンしてしまったという場合もある。それらとは逆に、早めにストレスがあることを申告しようという人もいるなど、一律では語れない状況になっています。
個々の状況や、それに対する対処法がそれぞれ異なるため、そこに踏み込んでいくとなると二の足を踏んでしまうのも仕方がないことと思います。
しかし、ストレスチェックテストを実施するにあたっては、この“踏み込んでいくこと”がやはり必要です。
ただ、その時に意識しなければならないのは、個別に起きたことに対処するだけでは、根本的な解決にはならないということ。もちろん個別に状況を把握し、個々に自分がストレスを抱えているか、抱えていないかをチェックすることは大切です。
社員全体への事前アナウンスが大切
社員のコンディションを把握するという意味では、今回のストレスチェックテストは有効だと思います。けれども、それを例えば“みんながストレスを抱えています”という結果だけで終わらせては、何の意味もありません。社員の状況を会社として把握する一方で、それぞれ対処する力があるのか、ないのかをきちんと見極めてあげることがより重要になってきます。ストレスチェックテストの結果というのは、ある意味社員からのSOS のサインになると思うんです。そこにきちんと向き合うことはもちろんですが、本当に大事なのはそこから先、職場全体で問題を解決しよう、そういう人を出さないようにしようと考えられるかどうかです。そこを間違えてしまうと、個人からの“ストレスがあります”という主張だけが増え、それに対して人事が個々に対応していく状況になってしまいます。そんな事態を避けるためにも、実施にあたっては個別の対応だけでは\決して改善されないということを、社員全員に知ってもらうよう事前のアナウンスが大事だと思います。
ストレスチェックを何のために実施するのか
ただ、そのアナウンスの仕方にも注意が必要で、ストレスチェックテストという名称ではありますが、メンタルの不調把握の側面を全面に押し出してしまうと、社員も困惑すると思うんですよね。「このテストは社員のメンタルが正常かどうかを診断するためのテストなのかな?」というふうに捉えられてしまうと……それこそ、メンタルヘルス不調と診断されたらクビになるんじゃないかと、変に誤解が生まれてしまったら、 これは逆効果ですし。“ ストレスチェックを何のために実施するのか、結果に対してどういう解決策を考えているのか”を、きちんと明確にしておかないと、返ってダメージを与えることになってしまいます。
また、ストレスチェックテストの難点として覚えておいてほしいのは、結果が本人にしか開示されないぶん、検査結果に対して社員が自分自身で対処しなければいけないということ。もちろん、強いストレスを抱えている人は、産業医との面談といった対応もありますが、懸念すべきなのは、“そこまでではないけれど、ストレスは抱えていて、さらにそのことを周りの人に言えない”というタイプ。こういう人は、どんどん自分の内に閉じこもっていってしまう危険性があります。
人事部は本来“人の専門家”
こうした状況を避けるためにも、普段から何かあった時に相談しやすい職場作りをしておくことが大切なんですが、それができていない職場は多いんですよね。というのも、私の著書(『ワクワクする職場をつくる。―「良い感情の連鎖」が空気を変える』)でも触れていますが、日本の企業では今、“あきらめ感”を抱きながら働いている人が増えているんです。それは日本がここ20 年の間に、個人主義に重点をおいてやってきたことが、原因の一つに考えられます。自分で判断して自分で行動する――自己責任や自立性が問われるようになった結果、一人ひとりが、いろんな問題を抱え込まざるを得なくなりました。また、急速なグローバル化などで、社会環境が変化したこともあり、これまでのやり方が通用しないことも多くなっています。一生懸命やってもうまくいかず、虚しい気分になったり、個人主義であるがゆえに、周囲の人が現状に対してどう思っているかもわからず、社内全体を見渡しても、どこか閉塞感が漂っていたりする……それらが重なって、“会社に期待しない”というあきらめムードが蔓延している。そんな中で何の解決策も提示せず、ただストレスチェックテストをやりますとなったらどうなるか、想像できますよね? ですが、逆の発想で、 この機会にストレスチェックテストを上手に取り入れることができれば、働き方の革新に繋がっていくと思います。
その時に人事部ができることは、普段から社員一人ひとりとよく面談することに加え、社員教育のためのセミナーや研修を企画するなど、社員に寄り添った取り組みを行うこと。人事部というのは本来“人の専門家”なんです。人がどういう意識や思考を持ち、それがどういう行動を生み、更にそれがどう職場全体に活かされていくのか、どういうパフォーマンスに繋がるのかというのが、一番見えていなければいけないのが人事部。そこを人ではなく、雇用形態や制度、仕組みを優先に見てしまうと、状況を変えようとした際に、誰に何を任せて、どんな関係性を作ればいいのかを考える部署ではなくなってしまいます。
個人ではなく職場に焦点を
心の問題というのは、ともすると個人の心と捉えがちですが、実は職場の心として捉えることが大切です。でなければ、改善するための議論ができないし、職場が変わらなければ何の解決にもなりませんから。人の感情というのは連鎖するもの。ネガティブな感情を持っている人が多かったら、そうでなかった人もいずれ影響されますし、その逆も然りです。人事部の役割の中には、みんなが前向きに働ける環境を作ることも含まれています。そのため、個人ではなく職場全体に焦点を当て、ポジティブな感情が生まれる職場作りに取り組んでほしいですね。
著者紹介
高橋克徳
- Katsunori Takahashi
- 株式会社ジェイフィール代表取締役社長/
- 東京理科大学大学院 イノベーション研究科 教授
- 野村総合研究所、ワトソンワイアットを経て、ジェイフィール設立に参画。2010 年より現職。組織論、組織心理学、人材マネジメント論、人材育成論を専門とする。 特に、人と人との相互作用が組織に与える影響、ダイナミズムを研究し、組織感情、リレーションシップなど新たな切り口を提示し、組織変革コンサルティング、 人材育成プログラムの開発などに力を入れている。2008年に出版した「不機嫌な職場(共著、講談社現代新書)」が28万部のベストセラーとなり、その後も数多くの書籍や講演活動を通じて働く日本人の心の再生への動きをリードしている。2015 年2 月に発刊した「ワクワクする職場をつくる。(共著、実業之日本社)」はこれまでの取り組みをまとめ、組織変革について問題の本質を突いた一冊。大きな反響を呼び5 刷りが決定している。
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