
有識者の声
2015年12月1日より施行される、労働安全衛生法の一部改正。
その最も注目すべき変更点のひとつに、
従業員50名以上の全ての事業所にストレスチェックの実施を義務づける、
いわゆる“ストレスチェック法案”があります。
労働者に質問に答えてもらい、回答結果をもとにストレス状況を把握する質問調査であるストレスチェック。
この変化に対して、今、知っておくべきこと、持つべき心がまえとは何でしょうか。
労働者の健康管理を行う、企業と密接なポジションに就く産業医という立場から、
石井先生に貴重なお話をうかがうことができました。
ストレスを抱えている人達に対し対応がしやすい環境が整えられる
――今年12月より、従業員50名以上の会社に実施が義務づけられる“ストレスチェック”には、どのような特徴があるのでしょうか?
「平成22年頃の法案では、健康診断の一環として実施することになっていました。ですがプライバシーを十分に考慮しないと、雇用面で不利益が生じるケースもあるということから、現在は健康診断とストレスチェックを同時に行うことは可能であるものの、別ものとして扱うことになりました。また、健康診断は事業者と就労者それぞれに、法定健診項目は全て結果が通知されるのですが、ストレスチェックの結果は従業員それぞれに直接通知され、企業に通知されるのは集計結果のみ。個々の結果を知るには、本人の同意が必要になります。また、以前のストレスチェックは臨床心理士、産業カウンセラーなどがシステムさえあれば提供できましたが、12月からは医師、保健師、厚生労働省の指定研修を積んだ看護師、精神保健福祉士という資格を持った実施者のみ、ストレスチェック制度に基づくストレスチェックの実施が可能となります。よって、企業から依頼を受けている産業医が実施者となれば就労者それぞれの結果も知ることができるので――もちろん、管理職などの事業者には一切通知されませんが ――高ストレス者への面談勧奨をしたり、未受検者に対して受検を促したりと従業員へのアプローチができるため、ストレスを多く抱えている人達への対応がしやすい環境を整えることができます」
ストレスチェックは病気を見つけるための検査ではありません
――ストレスチェックを実施することによる企業側のメリットとは、どのような点にあるのでしょうか?
「先ほどお話した通り、個々の結果は本人の同意がなければ企業側が見ることはできませんが、集団結果は企業側へフィードバック可能です。その結果からストレスの高い部署を把握して介入し、会社全体で改善策を考える手助けができるところは、メリットと言ってもいいと思います。また、受検する就労者にとって、今後、実施してみないとわからない部分もありますが、自身と向き合う時間ができるところも、いい点ですね。そして、誤解されている方が多いのですが、ストレスチェックを実施する目的は、未然にメンタル不調を防ぐことであり、従業員個々にアプローチしていくことで、皆さんが気付きの機会を得る効果を期待して施行されるものなのです。病気を見つけるための検査ではないことを、十分理解していただければと思います」
安全配慮義務違反で民事訴訟が起きる可能性も
――ストレスチェックが“病気を見つけるための検査ではない”という部分は、もしかすると、混同しがちなポイントかもしれません。
「そうですね……例えば、病気を探すための検査である健康診断を従業員が受ける場合、“受診”という言葉を使うのに対し、ストレスチェックはあくまで検査という位置づけなので“受検”という言葉を使います。つまり診断するための検査ではなく、今感じているストレスの程度を測るという位置づけになっているのです」
――とは言え、実際導入するのにはコストもかかりますし、企業側としては大変な面も多いと思うのですが。
「確かにそうですね。ただ、今回の改正法で義務づけもされますし、最悪の事態を免れるためにも実施すべきだと思います。例えば、2007年に、渋谷労働基準監督署が世田谷区の自動車部品メーカーの経営者を書類送検した事件が新聞などで大きく報道されました。これは労働災害が起きた背景には、再三にわたって労働基準監督署からその会社に注意が出ていたにも関わらず、義務化されている健康診断を実施していなかったことが大きく影響しているとされ、労働安全衛生法違反として判断されたからです。また、仮にストレスチェックを実施していない状況で就労者がうつ病を発生した場合、本人、あるいはそのご家族から、安全配慮義務違反で企業に対して民事訴訟が起こされる可能性もあると思います。いずれにせよ、 実施したほうがコスト面でも負担は少ないはずですよ」
――実施に向けて、今後どんな準備をしていく必要がありますか?
「事業者は厚生労働省の目的に沿って実施できているか、労働者の不利益にならないように配慮されているかを、就労者には自分の受けた結果が誰に渡るのかを確認した上で、受検するかどうかを考えていただきたいなと思います。また、就労者の方々には、受検する際には素直な判断で質問項目に対する選択をしていただきたいですね」
2年前よりも面談の必要者が増えている印象はあります
――チェック項目、内容は受検者全員共通ですが、ストレスを感じる度合いや頻度は、仕事内容、各人のストレス耐性などで、それぞれの結果は違ってくるのではないかと思うのですが。
「確かに、同じ仕事内容、同じ仕事上の負荷でも、その人のキャパシティや捉え方で心理的負担は変わってきます。ただ、“自覚症状がある”ということは、外的要因の多い少ないに関係なくその人にとって心理的負担が存在する……ということなのです。ですから、ストレスチェックも自ら記入して自覚症状を問うかたちになっています。イライラや不安などの気分の変化だけではなく、体調面での症状も問う項目が設けられてくるはずです。また、血圧が高くなったり、高血糖になったり、ストレスの影響が具体的な体の数値の変化に関連する場合もあります。健康診断で数値の変化を指摘されている方は、実感がないままに、身体がストレスに反応してしまっているという可能性だってありますね」
――ストレスを感じている人が増えているという実感はありますか?
「一概には言えませんが、2年前よりも面談の必要者が増えている印象はあります。契約している企業さんとは、月に1回、2時間程度、訪問の時間を設けているのですが、以前は希望される従業員さんとの面談に1時間を使って、残りの1時間は衛生委員会の開催や人事担当者とメンタルヘルス対策の体制について打ち合わせを行なっていました。それが最近では、従業員面談だけで2時間が埋まってしまうケースも増えています。これは単に不調者が増えたというだけでなく、産業医そのものの認知が広まってきた影響もあると思います。これまでなら退職を選択されていたような方でも、休職制度を用いる場合も多いですし、最近は新入社員による相談も増えていますね。中には本当に休ませたほうがいい方もいるのですが、工夫次第で就業を継続できそうな方には、職場での調整や様子を見るなど、選択肢を設けて対応しています。休職の診断書を提出される方も多いのですが、今後のキャリアに影響が出る場合もありますし、医療保険に入りにくくなる可能性も考えられるので、休職手続きの前に可能であれば産業医面談を検討していただいたほうがいいように思います」
職場の状況を熟知している産業医による面接が望ましいと思います
――ストレスチェックで高ストレスという結果が出た際、企業としてはどのように対応すればいいのでしょうか?
「もしも個人から企業に相談があった場合は、すみやかに産業医の面談を手配することが大切です。法律では医師による面接指導を行なうよう明記されていますが、やはり職場の状況を熟知している産業医による面接が望ましいと思います。月に1回の面接のタイミングで間にあえばいいのですが、あまりにも相談者の様子がおかしいなど、急を要すると判断される場合は、臨時の面接を手配してください。また、医師の面接指導を申出ることは、企業側がストレスチェックの結果を知ることに同意したことになりますので、個人としてはそのことを理解した上で行動を取ることが不可欠です。産業医の面接では、次の治療に進むのか、就業上の配慮をした上で就業を続けるのかを話し合います。企業側としては、従業員の意見通りに必ずしもできるとは限らないでしょうが、可能な配慮を実施することになります」
従業員の皆さんは自分の心の状態を知るためにも
活用していただきたいですし、
企業側もよりよい環境づくりの一環として
積極的に取り組んでいただければと思います
ストレスチェックを受検しない人へのアプローチ方法も話し合っている
――相談者が企業に結果を知られたくない場合は、どういった行動をとればいいのでしょうか。
「産業医は事業者に面接結果や意見書を必ず提出しなければいけないので、おのずと、大凡の状態は知られることになります。例えば弊社で取り入れているカウンセリングシステムでは産業医や会社を通さずに受けられる、カウンセラーによる電話相談、対面カウンセリングも行なっています。尚、カウンセリングではプライバシーは完全に守られます。特に電話相談の場合には名前を名乗る必要もありません。ただし、自分を強く傷つける考えがあったり、あるいはそういう行動に及ぼうとしていたり、会社に損害を与える行動を計画しているなど、自傷他害の恐れが高いと判断した場合は、その企業を担当する産業医に報告が入るようになっています。この点は、単なる福利厚生EAPに終わらない、企業のリスク管理にもつながる弊社独自のサービスです。産業医主体の専門機関だかこそできることだと思います。厚生労働省のストレスチェック制度検討会においても、医師面接指導以外の相談窓口を設けることが推奨されていますので、労働者が相談しやすい環境は整えられるはずです」
――お話を聞いていて感じたのですが企業にいちばん近い立場にいらっしゃるお医者さんである産業医が持つ責任は、今後どんどん大きくなっていきそうですね。
「そうですね。現在、自責感が強くてストレスチェックを受検しない人へアプローチする方法も話し合っているところです。医師による、ストレスチェック制度を用いた面接は、本人の申出了解がないとできないので、例えば健康診断の結果を見るなど他のルートで面接の機会を設けて、本人と面接をするといった対応も今後必要になってくるかもしれません。いずれにせよ、せっかくある制度ですから、自分の心の状態を知るためにも活用していただきたいですし、企業側もよりよい環境づくりの一環として積極的に取り組んでいただければと思います。それが、企業メリットに結びついていくことになると思います」
著者紹介
石井りな
- Rina Ishii
- 精神科医、産業医、
- 労働衛生コンサルタント
- 精神科医、産業医、労働衛生コンサルタント
- 独立行政法人東京医療センターにて初期臨床研修修了後、同病院精神科で後期研修。その後、医療法人高仁会戸田病院、川口クリニック等、精神科診療に従事。同時にうつ病リワーク施設や企業向けの復職支援機関での復職支援を経験。精神分析・力動的精神療法、認知行動療法などの精神療法も学ぶ。多くの企業での産業医経験を経て、フェミナス産業医事務所設立。 運営法人は(株)プロヘルス
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