
有識者の声
第1回 企業のメンタルヘルス対策について
我が国の産業界が直面する労務リスク
今月から6回にわたって、企業のメンタルヘルス対策について書かせていただくこととなった。厚労省側も第12次労働災害防止計画の中で、メンタルヘルス対策を最重要項目と位置づけ、労働安全衛生法の改正では、ストレスチェックが義務付けられた。それを受けて企業では、どのようにメンタルヘルス対策を構築していくべきなのか、その実務を解説する。
◎我が国の産業界が直面する労務リスク
労働者の権利意識が高まり、企業は今、さまざまな場面で変容を求められている。企業の社会的責任(CSR)、それに伴う安全配慮義務も、以前にもまして叫ばれるようになった。企業では、ダイバーシティ、グローバル化とならんで、適切なメンタルヘルスケアが最重要課題として挙げられている。
また、新たな企業リスクとして着目されるのは、従業員とのトラブルである。うつ病で退職した社員が、パワハラを受けていた、過重労働させられていた、といった事案を掲げ、弁護士を連れて戻ってくる、といったことはもはや珍しくない話である。会社に申し出てくれるならばまだいいが、公的な相談窓口や、私設相談所(合同労組、個人ユニオン)などを経由する場合もあり、企業にとって好ましくない事態に陥るケースもある。訴訟になれば長引き、費用も掛かり、インターネットの台頭により、SNSなどで社内外に情報は拡散される。結果として、株主、取引先、顧客、従業員の知るところとなり、長年築き上げた信用や実績を、一夜にして失うことになるのだ。自殺など人命に関わる事態ともなれば、はじめてのことに企業は右往左往することになるだろう。上場企業や有名企業であれば、株価の下落、不買運動などにもつながりかねず、10年前とは比べ物にならないほど、労務リスクは増大している。
◎メンタルヘルス対策を「業務」として捉えることが重要
メンタルヘルス対策は、人事・労務部門にとって、代々先輩から後輩に引き継いできた従来の業務とは違い、まったく新しい仕事として向き合わねばならず、まだそのノウハウが(大企業を除いては)蓄積されていないため、体系的に学ぶ場もない。メンタルヘルスと聞けば、不調者が出るたびに振り回されるというイメージが強く、「定型業務」ではなく「突発的作業」として感じる担当者が多いであろう。
また、多くの企業では、メンタルヘルス対策が経営方針や人事戦略と結びついていないため、何のためにやるのか、どこまでやるのか、という業務のグランドデザインが描かれておらず、予算も人員も確保できない、というケースが見受けられる。
まずは、メンタルヘルス対策を「業務」と考えるところから始めていただきたい。これは経営者の旗振り以外に方法は無く、大いに期待したいところである。「業務」であるならば、経営方針や人事戦略と無関係なものは無いはずである。経営方針に基づいた人事戦略があり、人事戦略に基づいた労務施策の中のひとつとして、メンタルヘルス対策がある。そのように捉えれば、労働安全衛生法に則った各種のルールをもって、日常の衛生管理や不調者の取り扱いを定型化することができ、その一方で、いま健康で頑張ってくれている従業員に対する各種の予防策を講じることができるようになる。
次回は、「業務」としてのメンタルヘルス対策の全体像を明らかにし、その概要を解説する。
著者紹介
根岸勢津子
- Setsuko Negishi
- 株式会社プラネット代表取締役
- 企業防衛の視点に立ったメンタルヘルス対策の専門家。社内規程づくりから、教育研修にわたり幅広い領域のコンサルティングを展開。クライアント企業は、IT業、介護福祉業、物流業、小売業、外食チェーンなど、上場企業70社を含む100社を超える。
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